「一人の人生であっても 決して独りではなかった」Though it is your life and you may have felt lonely, you come to realize that you were not alone.真宗教団連合カレンダー2026年3月の法語
- tuu zyunzi
- 3月1日
- 読了時間: 3分
更新日:3月2日
『ジェシカといっしょ』から味わう「決して独りではなかった」

ジェシカといっしょ(著:ケビン・ヘンクス)という絵本があります。主人公の女の子は、目に見えない友だち「ジェシカ」といつも一緒です。遊ぶときも、うれしいときも、さみしいときも。
けれど周りの人には、その「ジェシカ」は見えません。それでも女の子にとっては、たしかに“いる”存在です。
もし、この物語の「ジェシカ」を「阿弥陀さま」と読み替えたらどうでしょう。
誰にも見えない。触れることもできない。けれど、私の人生のどの場面にも、いつも共にいてくださる存在。
真宗の教えでは、阿弥陀さまのはたらきは、私が気づくよりも先に、すでに私に届いているといただきます。
うれしい日にも。失敗した日にも。誰にも分かってもらえないと感じる夜にも。
「あなたは独りではない」と、南無阿弥陀仏の名号となって、呼びかけ続けてくださっている。
真宗教団連合のカレンダー3月にある法語
「一人の人生であっても 決して独りではなかった」

この言葉は、“さみしくない人生だった”という意味ではありません。
人は、孤独を感じます。誰にも分かってもらえないと思うこともある。人生は、たしかに「一人」で歩いているように見えます。
私は、ひとりで悩み、ひとりで決断し、ひとりで傷ついてきたと思っている。
けれど本当は、
見えなくても、声が聞こえなくても、いつもともに歩んでくださるはたらきがあった。
それを「阿弥陀さま」と呼ぶのかもしれません。
孤独だった時間も、涙した夜も、誰にも理解されないと思った日も、
振り返ると、
私は一人の人生を歩んできた。けれど、決して独り(孤独)ではなかった。
と、静かに気づかされる。
『ジェシカといっしょ』の女の子は、やがて現実の友だちと出会います。
そのとき、「ジェシカ」は消えてしまうのでしょうか。
いいえ。それまでの時間も、彼女を支えてきた大切な存在でした。
阿弥陀さまも同じです。「いる」と思えた日も、「いない」と思った日も、変わらず、はたらいていてくださった。
人はそれぞれ、自分の人生を歩いています。誰も代わってはくれません。悩むのも、決めるのも、傷つくのも、やはり自分です。
だからこそ、「私はひとりだ」と思うことがあります。
けれど、振り返ってみますと、本当に独りきりだったでしょうか。
うまくいかなかった日も、声をあげて泣きたかった夜も、それでも今日まで歩んでこられました。
支えてくれた人の言葉、そっと寄り添ってくれたまなざし、そして気づかないところで、私を生かそうとする大きなはたらき。
見えないけれど、確かに「いっしょ」だったものがあったのではないでしょうか。
私の人生は、たしかに私ひとりの歩みです。
けれど、
「一人の人生であっても 決して独り(孤独)ではなかった。」
そう気づかせていただくとき、胸の奥に、あたたかいものが広がってまいります。
どうかこれからの日々も、ともにいてくださるはたらきの中で、安心して歩ませていただきたいと思います。
合掌
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